記憶と記録のプレーヤーたち
2012年9月 ジョージア ヨーロピアン コクのブラック(275mlボトル缶)にプロ野球助っ人外国人のフィギュアが付いていました。
中身がわかるので簡単にコンプリート出来ました。
予想外にディテールが良く出来ていましたが、カープの助っ人がないのが残念です。
ランディ・バース(Randy Bass)
1983年~1988年:阪神タイガース
アメリカ合衆国オクラホマ州出身の内・外野手。
80年代のセ・リーグを代表する「史上最強の助っ人」と称される。
セ・リーグ初の外国人選手本塁打王。
入団3年目の1985年には、阪神の21年ぶりのリーグ優勝、日本一に大きく貢献し、三冠王に輝いたほか、シーズンと日本シリーズの両方でMVPを獲得。
2年連続の三冠王は外国人選手唯一の偉業。
引退後はオクラホマ州上院議員に。
MVP85年/三冠王85年、86年/首位打者 85年、86年/本塁打王 85年、86年/打点王 85年、86年/ 最多勝利打点85年/最高出塁率 85年、86年/ ベストナイン85~87年/最多安打 85年、86年
ウォーレン・クロマティ(Warren Cromartie)
1984年~1990年:読売ジャイアンツ
アメリカ合衆国フロリダ州出身の外野手。
左投げ左打ち。
89年には、球団歴代最高安打となる3割7分8厘を記録。
同シーズンの96試合までは、打率を4割をキープするという活躍をみせた。
退団後は、メジャーリーグでのプレーや、格闘技イベント「ハッスル」にも出場した。
MVP89年/首位打者89年/最高出塁率89年/最多勝利打点84年、86年/ベストナイン86年、87年、89年/最多安打89年
ブーマー・ウェルズ(Boomer Wells)
1983年~1991年:阪急・オリックス
1992年:福岡ダイエーホークス
アメリカ合衆国アラバマ州出身の内野手。
右投げ右打ち。
身長2m、体重100kgと見た目もメジャー級な、80年代のパ・リーグを代表する助っ人。
本名は「グレッグ・ウェルズ」だが、球団が「ブームを呼ぶ男」となるように、登録名をブーマーとした。
来日2年目の1984年には阪急ブレーブスのリーグ優勝に大きく貢献し、自身もシーズンMVP、来日外国人選手初の三冠王を獲得した。
MVP84年/三冠王84年/首位打者84年、89年/本塁打王84年/打点王84年、87年、89年、92年/最多勝利打点84年/ベストナイン84年、86年、87年、89年/ゴールデングラブ賞86年、87年/最多安打84年~86年、89年
アニマル・レスリー(Brand Lesley)
1986年~1987年:阪急ブレーブス
アメリカ合衆国カリフォルニア州出身の投手。
右投げ右打ち。
雄叫びや味方との派手なタッチなどが、来日以前からメディアにも取り上げられて人気を博した。
当時メジャーで流行っていた、マウンド・パフォーマンスを日本に持ち込んだ張本人。
身長2m、体重100kgの巨体から繰り出される150キロ近い豪速球を武器に、阪急ブレーブスのクローザーを任された。
レコードデビューを果たしたり、引退後は「亜仁丸」という芸名で芸能界入りを果たし、映画出演などでも活躍した多彩な人物。
通算2年で60試合登板/7勝5敗24セーブ(初年度19セーブ、翌年5セーブ)/被本塁打2/投球回数69回(51回まで本塁打を許さなかった)/58奪三振/防御率3.00
ロバート・ローズ(Robert Rose)
1993年~2000年:横浜ベイスターズ
2003年:千葉ロッテマリーンズ
アメリカ合衆国カリフォルニア州出身の内野手。
右投げ右打ち。
入団初年度からいきなりの打点王獲得。
1995年、1997年、1999年の3度のサイクルヒットは史上初の快挙。
1999年には、当時右打者史上最高打率の3割6分9厘を記録し、首位打者を獲得。
安打数も192と、当時のセ・リーグ歴代1位の記録。
打撃もさることながら、堅実な守備でも定評があり、1998年にはゴールデングラブ賞を受賞。
首位打者99年/打点王93年、99年/最多安打99年、00年/ベストナイン93年、95年、97年~00年/ゴールデングラブ賞98年/最多勝利打点94年/最高出塁率97年
アロンゾ・パウェル(Alonzo Powell)
1992年~1997年:中日ドラゴンズ
1998年:阪神タイガース
アメリカ合衆国カリフォルニア州出身の外野手。
右投げ右打ち。
来日初年度の7月には打率4割3分8厘を残して月間MVPに。
1993年はリーグ3位の打率、翌1994年からは3年連続の首位打者獲得など、うなぎのぼりに調子を上げていった。
1996年には最多安打も記録。
首位打者94年~96年/最多安打96年/ベストナイン93年~96年
ラルフ・ブライアント(Ralph Bryant)
1988年:中日ドラゴンズ
1988年~1995年:近鉄バファローズ
アメリカ合衆国ジョージア州出身の外野手。
右投げ左打ち。
東京ドームスピーカーや電光掲示板への直撃弾など、数々の「B砲伝説」を打ち立てた選手。
その年の西武ライオンズとのダブルヘッダーでは、圧巻の4打数連続本塁打を放って、近鉄バファローズのリーグ優勝に大きく貢献した。
MVP89年/本塁打王89年、93年、94年/打点王93年/ベストナイン89年、93年、94年
オレステス・デストラーデ(Orestes Destrade)
1989年~1992年、1995年:西武ライオンズ
キューバ出身の内・外野手・指名打者。
ホームランの後に、無表情のまま「Bomb!」と叫びながら弓引きパフォーマンスでおなじみ。
来日初年度の1989年には、シーズン途中からにもかかわらず、32本塁打を記録し、秋山幸二、清原和博と「AKD打砲」と称される協力打線を形成。
翌1990年からの3年連続本塁打王は外国人打者としては史上唯一の快挙。
本塁打王90年~92年/打点王90年、91年/ベストナイン90年~92年